
私は、1953年2月1日生まれなので、72歳になりました。初めてIRO国際救助犬連盟(42ヵ国130団体加盟)世界大会にチャレンジしたのが1999年46歳の時なので、26年も経ってしまいました。
今年2025年新たな歴史を刻もうと言う現在、全く変わる事のない期待と喜びで、私の心と体が初挑戦の時と同じ様に「来たぞー、やるぞー!」と歓喜の叫びを挙げていました。
今回は、相棒ジャーマンシェパードの「ルカ」と私1人でのチャレンジで、通訳もいなければアシスタントも居ません。この形で結果に繋げる事が出来れば、更なる飛躍が出来る!とは言え、ウィーンの皆さんの手助けがあっての事で、大変有り難いです。
今年は、大きな悲しみもありました。RDTA立ち上げの初期には、何度か来日し日本での救助犬育成を支えてくれた恩師Dr.ヴォルフガング・ツォルナー氏(IRO初代会長)のご逝去。そして、私に大きな希望と新たな課題を与えてくれた、愛犬「文治郎」の繁殖者、アンナ・マリー女氏(獣医師)のご逝去です。彼女は、日本と私の家族を本当に愛してくれました。
お二人のご冥福を心よりお祈り申し上げて、今年の大会に臨む私の決意とさせていただきました。

8月28日、ウィーンの空港に降り立つと、いつもの様にマグダレーナとペーターが出迎えてくれました。何気ないいつもの風景の中、ウィーン消防救助犬育成センターまで車で移動する間「また、ウィーンに戻って来た、自分の家に戻って来た」そんな安心感に包まれました。これが26年掛けて、私達日本人を救助犬ファミリーとして、私を受け入れてくれたこの2人の友人のお陰だと、心より感謝しながらセンターに到着しました。
翌日29日は、ゆっくりと過ごして旅の疲れを癒し、30日HEUSTADLWASSERに出向き服従訓練を行いました。私の相棒「ルカ」は、一昨年MRTを受験したので、この国もこのクラブハウスも慣れ親しんだ場所と余裕を見せて、大はしゃぎです。この犬にとって、このはしゃぎ方は「俺の好きな空気の国に来たぞ」と思っているので、この2週間で如何に調整するか、冷静な作業を取り戻せるかが課題です。

8月31日(日曜日)、日本にも何度か審査に来てくれた、チェコ審査員ダニエル・セドラックが所有するLONDONKA国際救助犬育成施設(2025年世界選手権瓦礫会場)の有るRAPUSAHA(ラプサハ)に移動、9月4日(木曜日)まで瓦礫捜索の練習をしました。
そこは日本にはないタフな瓦礫会場で、広大な敷地の中に幾つかのインドアー、アウトドアーの瓦礫捜索現場が作り出されていました。4日間たっぷりと練習に没頭する事が出来ました。勿論、良い訓練内容を提案してくれるマグダレーナ、そしてグループのヘルパー、アジアの仲間として共に参加し惜しみない協力をしてくれた、台湾の面々に、心から感謝です。
この様な日本にはない海外の施設を目の当たりにして、いつも私が思う事は、丸ごと同じ物は造れないが、基本的に元となる共通したテーマを考え作り出せば、犬の対応力を生み出す事が出来る!また、ここで経験した良い物を、富士見の施設に再現すれば良いのだ。
良い基礎訓練を学んだ犬は、ごく普通に自主性を身に付け、応用力を元に自ら考え問題を克服する事が出来る。実際の試験の中でその力が発揮出来るかどうかが楽しみです。
来る時の飛行機内がとても寒く結構着込んでいたのですが、喉をやられたようで咳が出始めた私に、風邪が酷くならないようにと、チェコでの練習中、そこに集まっている各国の皆んなが薬やビタミン剤、痛み止めやシュナップス(強いお酒)等、ありとあらゆる風邪に効くと称される物を与えてくれたお陰で、熱も出ずにチェコでの練習を終え、ウィーンに帰ってくる事が出来ました。
9月5日は、のんびりさせて貰い、9月6日は、ウィーン消防署が3日間掛けて行うお祭り「FEUERWEHR Festa WIEN」に参加させていただきました。
ウィーン消防本部は、世界最古の歴史有る建物と、古き良き伝統手法を引き継ぎ、そこに新たな近代消防の技術を取り入れた、正にウィーンの街を象徴する組織です。
ウィーンは、ドナウ川を挟み片方は王朝時代から変わる事のないシェーンブルン宮殿、シュテファン大聖堂、ホーフブルク王宮、ウィーン美術館、ウィーン国立歌劇場、ベルヴェデーレ宮殿など、歴史的建造物や文化施設が豊富に有って、昔ながらの姿をそのままに楽しめます。そしてその反対側には、近代的な高層ビルが建ち並ぶオフィス街が、全く違った面持ちで存在しています。
ウィーン消防本部も歴史的建造物のひとつとして中心部にあるので、その周辺の中心部を案内してもらったり、超高層ビル対応用の梯子車に乗せて貰ったり、有名なジェラート屋さんでアイスクリームを食べるなど、一日楽しませて貰いました。勿論、私も日本から来た救助犬訓練士協会の理事長として、その役割も勤めさせていただきました。本当に貴重な経験をさせてもらった楽しい一日でした。

9月7日はセンターに残り、「ルカ」の服従訓練を行いました。この犬の特徴は興奮度が高く、初めての環境下で如何に冷静に作業をさせるかが、課題となります。本番までの1週間、力を溜め込まないように、トレーニングの中で上手くガス抜きする事が必要です。
この夜ウィーンでは「19:30頃から月食が始まる」と、ニュースで放送されましたが、雲にかかって見ることが出来ませんでした。海外で月食など見る機会が少ないので、大変残念でした。
9月8日、この日もセンターでマグダレーナと共に服従訓練を行いました。2日続けてなのでルカは大分落ち着いています。明日は環境の違うクラブハウスでの訓練になるので、どの程度落ち着いてやれるか見極められると思います。
9月9日、HEUSTADLWASSERにて服従訓練を行いました。他の作業はほぼいつも通りでしたが、遠隔の方向変換が「先ず走りたい」が先になり、「何処に向かって走るのか」が疎かになる傾向が見えていました。何度か繰り返すうちにやっと「此処でも同じ事をすれば良いのだ」に気が付いたようです。本当にルカは違う場所での興奮度が高く、冷静な作業をさせるのに気を遣います。服従訓練だけの場合1日2回(午前、午後)やって丁度良いかもです!
9月10日、この日は朝から小雨、正午には雨は上がり、気温は低く、最高の訓練日和となりました。本日の「ルカ」は、おやつやボールを使いながら遊びを交えて、細かくパーツの確認をしました。ボールやおやつを意識してはいても、この部分では何をどうしなければいけないのか、集中力を持続しつつ、冷静に考える事を意識した練習を行い、調整終了としました。

9月11日、いつも朝昼晩と私の食事の世話や身の回りの事をペーターとマグダレーナの2人がしてくれるので、「食事だけでも俺に作らせて」とお願いすると、「駄目だ!俺が日本に行った時に、食事を作った事が無いだろう。」と断られました。「それなら日本からお土産で持って来たラーメンを、俺に昼食で作らせて欲しい。」と頼んだところ、「そんなに言うのなら」と、お許しが出ました。
そこで私は、即席ラーメンとは言え、オレ流に考えたいつもの作り方(野菜少しと焼き豚代わりのハムを煮込み、ゆで卵を2つに切って乗せる)で作り、二人に食べて貰いました。彼らは大変喜んでくれたので、作りがいを感じる事が出来ました。全く訓練とは関係ない話でした。
9月12日金曜日、午前中はのんびりと犬の管理の手伝いをさせて貰い、午後ゆっくりといつものクラブハウスに出掛けて、服従訓練をたっぷり時間をかけて行いました。
練習の内容は、やはり遠隔の方向変換です。日曜日にもう一度此処で練習を行うので、その日のウィーンでの最後の調整は、予定通りに終われると思います。日曜日が楽しみです。
9月13日土曜日、この日はカーラが審査をする試験を見学に行く予定でしたが、朝の時点で土砂降りで、行くのを見合せました。少し経つと小雨になり10:00頃には止んだので、ドナウ川を渡り、私の親しい友人のゲラルトが持っているクラブハウスで行われている試験を見に行きました。
一緒に行ったブレンディーとアービー(パーソンジャックラッセル)がBHの試験を受けたので、オーストリアで行うBHの試験を初めて見る事が出来ました。試験に参加する人達も内容を良く把握しているので、分かりやすく大変スムーズに実行され勉強に成りました。救助犬の科目は服従熟練だけでしたが、RH-T VとAの試験を見学させて貰いました。印象としては、カーラは審査員に成り立てなのに余裕のある良い審査をしていて、受験者や関係者からも大変高い評価を貰っていました。
9月14日、いよいよ世界選手権直前ウィーンでの最後の練習の日となりました。いつものクラブハウスHEUSTADLWASSER に行き、最後の調整を行い練習を終えました。「ルカ」とやれる事はやったと言える2週間半でした。明日は昼過ぎにウィーンを出て、チェコに向かって出発です。
9月15日、チェコへの出発の日です。昼頃から空港に3人の審査員を迎えに行き、ウィーン消防チームが私達とチェコまで送り届ける事になっている段取りのようです。空港で大島さんと通訳のヒロエちゃんを出迎え、一旦センターに戻り、3:00を過ぎた頃いよいよ出発となりました。久しぶりの日本人との会話は、少しホッとしました。5:30少し前にLONDONKA国際救助犬育成施設に到着、審査員を無事に送り届け、前回も利用したペンションへ移動して明日に備えました。

9月16日、この日からIRO救助犬世界選手権が始まりました。午前9:30頃大会会場に到着、受付を済ませると先ず書類のチェック、次に犬の身体チェック、マイクロチップのチェック、これら全てのチェックを済ませると完了となります。
その後午後1時からチームリーダー会議、その後服従会場のスタジアムに行き、デモンストレーションを見て、抽選が行われる会場へと場所を移動します。此処まではお祭りの余興みたいなものですが(私だけがそう思っているのかもしれませんが)、此処からが本番で、出場の順番を決める大切な抽選が行われる時間です。全ての出場者の運命を決める、ワクワクの瞬間です。
私はチームリーダーミーティングで30番を引いたので、全体の30番目で出場番号のくじを引きました。(自分の出番を引くので、どちらも緊張はあまり無し)私の引いた番号は26番で、1日目の11:00から「服従熟練作業」で、「捜索作業」は3日目(金曜日)の14:45からという、比較的問題の無い時間帯の番号を引き当てました。

9月17日、午前中の11:00から服従作業をするために先ずスタジアムに向かうと思いきや「先ず瓦礫捜索は見学可能なので見に行く」となり、捜索の2頭を見終わったところで、私の出場する服従会場に行きました。私の「ルカ」の作業は、「移送」で待てず、「遠隔」のテーブルをひとつ修正したのですが、私としては、もう少し点数を貰っても良かったのではと思いました。失敗はしましたが、ビデオを見ると分かるのですが承知して失敗しています。
移送も遠隔の方向変換も、ルカが一旦読み取り動作を起こした後、変更しているのがよく分かります。勝手が出来ると「ルカ」自身が判断して、面白がっているのです。彼の自我の強さはとても良いところですが、服従作業の時は少し控えて欲しいものです。得点72点でした。
9月18日は、一日中フリーで服従会場や瓦礫捜索会場など見放題(出場者も見学OK)だったので、たっぷりと19日金曜日の「捜索作業」の作戦を練る事が出来ました。まあ、そうは言っても試験ですから、侮る事はできませんが、とても参考になりました。
その日の試験が終わると、日替わりで美味しそうなレストランを探し、皆んなで大騒ぎしながら移動して、晩御飯(勿論美味しいビールも)を食べて、今日の失敗話や明日へのアドバイス等、側で聞いていると罵り合って居るのかと思うくらい、彼らはお互いの意見をぶつけ合いますが、これが本当に良いのです。なんの後腐れも無く、次の朝起きたらおはよう!と笑顔で挨拶を交わし、何事も無かったようにいつも通り仲間との新しい一日が始まるのです。

9月19日金曜日、運命の朝です。72年も生きてきて、こんなにも緊張感のある時間を迎え、それを楽しめる人間はそんなに居ないと思います。この幸せを、私は妻、そして家族に感謝したいと思います。勿論、私を親子の様だと言ってくれる「ルカ」の所有者で有る長谷川亜蘭、やよいの両氏にも心からの感謝をしたいと思います。ありがとうございました。
此処の瓦礫会場は「ルカ」の為に造られたかのよう!何故かと言うと、コの字型に元畜舎の様な建物がコンクリートの瓦礫を包み込む様な捜索会場で、犬が走れる場所が全く無いのです。これは良いぞ!と思った通りに「ルカ」は、最初から走り回る事なく、実に慎重に指示に従い、要救助者1人目は建物の中で、2人目は瓦礫手前の2つ並んだコンテナの間で、最後の3人目は一番奥の壁際に積まれた瓦礫とタイヤを組み合わせた所で、見事にアラート(告知)してくれました。作戦通りに3人の仮装被災者を持ち時間の10分以上を残して発見し終了しました。しかし得点が何故伸びなかったのか、少し不満では有りますが、「ルカ」が今まで行って来た捜索作業の中で最も良かったと、私は自信を持って言う事が出来ます。本当に素晴らしい捜索でした。
採点として出てくる点数や評価は、人によって違うのは当たり前のことです。しかし今回のチェコでの「ルカ」の捜索作業を頭の中で映像として思い出すと、これからの自分の犬作りにとても良いイメージとして残って行くと確信しました。

9月20、21日、私の出番は終了しているので、リラックスして他の世界の救助犬達の素晴らしい作業と閉会式を観ていました。日本でも出来る事なら世界選手権を開催してみたい!世界中の素晴らしい救助犬とそのパフォーマンスを、日本の救助犬ファンにも目の当たりにして貰いたい!と強く思いました。
閉会式を終え、審査員の大島さん、澤田さん、大島さんの通訳のヒロエちゃんを車に乗せて、大急ぎでウィーンの空港まで大島さん達を送り、澤田さんをホテルまで送り届けると、その日のウィーンチームの役割を無事終了しました。
9月22日、午前中に帰国時に必要な検疫を証明して貰う為、州の獣医に行き書類を作成、この国の公印を貰い、無事にルカの帰国準備を終えました。ウィーンの仲間「アンドレアス」はこの手続きに大変慣れて居るので助かります。本当に何から何までやってくれるので感謝です。
9月23日、午後1:30発の成田行きに搭乗する為センターを11:00に出発、30分もかからず空港に着き、全ての手続きを終えチェックインする事が出来ましたが、日本と違いオーストリアでは出発の1時間前にならないと犬を預ける事ができません。その出発待ちの時間を空港内に有る有名なカフェで時間を過ごし、この1ヶ月近い間お世話になった感謝を、マグダレーナとペーターに伝えることが出来ました。
飛行機は予定通り出発し、翌日の9月24日8時45分に成田空港に到着、無事帰国する事が出来ました。
家族、ウィーンの仲間たち、台湾チーム、日本からサポートしてくださったRDTAの会員の皆さま、日本の救助犬団体の皆さま、そして応援・ご協力くださった全ての方々に、心より感謝申し上げます。
RDTA理事長 村瀬英博
29th IRO World Championship
Rapsach, CZ.
16-21.09.2025
24ヶ国58団体参加
Tracking 12 / Area Search 49 /RubbleSearch 41
カタログNo.41番
ゼッケンNo.26番
犬名 Isolf Von Yoko Shonan JP (ルカ)
指導手名 Hidehiro Murase (村瀬英博)
捜索作業 148点
服従熟練作業 72点
総合得点 220点(合格)
瓦礫部門 41頭中18位
