(RDTA)
                                                 救助犬訓練士協会:村瀬英博
                                                 平成18年6月13日
                       犬を使用した猿の追い上げ 

 帝京科学大学「伊沢教授」より「猿」を追う犬を作るという依頼を受けた時、全ての条件を話し合い考慮したうえで、私が 思い浮かべた訓練は、「救助犬」でいうところの「広域捜索犬」だと思った。この犬たちは、不特定多数の生きた「人」の 臭いに反応して、空気中を流れてくるにおいを嗅ぎ分け、目的の臭いを追い求めて山野を駆け巡る。そして、その臭いの元 となる遭難者を捜し当てる。
 「救助犬」の場合は、トレーニングの時点で捜し当てたご褒美として、その犬が最も喜ぶものを用いる。ボールであったり 噛み付きパットであったり勿論、全ての犬に共通して使える食べ物も用いる。しかし、「救助犬」を作ってゆく中で「防衛作 業」から移行させた犬たちが能力を発揮するパターンが多いことに気が付く。それは、最終的な喜びの大きさ「達成感」に 違いがあるのではないのか、犬の本能の中にある「獲物を狩る」という部分が大きな喜びを与えるからなのである。
 「防衛作業犬」はドイツ語で「シュッツフント」と呼ばれ、高度な「オビディエンス=服従」を伴い、「服従訓練」によって 潜在する犬の能力を引き出し開花させる。十分に基礎訓練をつんだ犬に「猿」の臭いや存在を教え「狩る」という対象に持って ゆけば、「人を探し当てる」と同様、もしくはそれ以上の喜びを感じさせる事が出来る。捜し当てたい(捜索意欲)対象臭気 が「猿」として、それを捜し当てて「狩る」という喜び(達成感)に結びつけることが出来れば、犬がもっとも能力を発揮で きる分野であることは間違いない。
 しかしながらこの猿追い犬は、単なる追い散らしと違い、その地域の地形や環境、そして、そこに住む「猿」の行動を熟 知した専門家と、他の役割を十分理解した人が「チーム」として行動する事によって能力を発揮し、犬の役割を果たす事が できる。 以下は、昨年、今年と数回の追い上げに参加した中での結果と、訓練の内容を整理したものである。

1. 猿追い犬の選出:

       テスト対象犬種              頭数     犬名
       ジャーマンシェパード(S)         2頭      ガク(オス6歳)
       ウィル  (オス3歳)
       ラブラドール・レトリーバー(L)      9頭      Q(オス3歳)
                                       K(オス3歳)
                                       L(オス3歳)
                                       J(オス3歳)
                                       イッポ(オス5歳)
                                       シンバ(オス7歳)
                                       シティー(オス5歳)
                                       コナン(オス7歳)
                                       イチロー(オス6歳)
       チェサピークベイ・レトリーバー(C)   1頭       ピース(オス3歳)
       ブリタニー・スパニエル    (B)   2頭       ジョイ(オス1歳)
                                       マーク(オス1歳)
       ビーグル           (BG)    1頭      ボビー(オス3歳)

計15頭のうち現在「猿追い犬」として使っているのは、(S犬)ガク、ウィル (L犬)Q、K、イッポ、(C犬)ピースの6頭。

 初回、(2005,11,12〜12,6)に向け基礎訓練を7月後半から始めたが(L犬)のコナン、イチローは 意欲や対象物に対する執着心が増さず訓練の継続を断念する。同じく(L犬)のシティー、シンバに関しても基礎訓練 はクリヤーしたが、実働において適性に欠けていた為、訓練対象から外す。

 第二回追い上げ(2006,2,16、〜2,18)用に、新たに参加させた(BG犬)のボビーは、猟犬種としての能 力を見込んだのだが初歩の遊び段階で意欲が増さなかったことと、集団作業にむかないことで断念する。(C犬)のピー スと(B犬の)ジョイ、マークも加えて行ったが(B犬)2頭は、年齢的にも充分な社会馴致が出来ていないため、現時 点での使用を中断する。 しかし、この2頭に関しては諦めるには少し早すぎるので、時期を待って訓練を再開するつ もりである。

2. 猿追い犬の訓練方法:
     (省略)

3.追い上げ方法
 我々RDTA「犬」チームとしては、その地域の地形、環境、天候の変化や、風の流れなどを読みとることの出来る地元の方、日頃からその地域で「猿」を詳しく調査して いる専門家の方々、そして「犬」と共に「猿」に対して恐怖心や猟圧を与える事の出来る銃器を所持した方、このグループ によって正しく追い上げるための話し合いを行い、それぞれの考えを理解したのち計画を立て実行してゆく。

4.追い上げに参加した結果

■ 2005.11.12
 11月30日より本格的に行われる追い上げに備えて、現地でテストを兼ねて追い上げをする。宮城サルの調査会、 宇野氏、藤田氏の協力で奥新川A1群を対象に、実際の深い山と本物の生きた「猿」の臭いを経験させる事が出来た。 後の追い上げに繋がる良いトレーニングであった事は間違いない。まず我々ハンドラーが追い上げる山のイメージを 掴んでいなかった事と、犬の中にはっきりとしていなかった「生きた猿」に対する意識付けが出来た事は、大きな収 穫で有った。神奈川に帰ってからの練習方法がこの経験によって大きく変わり、地元の山を使って激しいアップダウ ンや長い急斜面の練習と、「猿」を意識させるため訓練用に、宮城県(仙台市)で捕獲された「猿」(呼名:モン吉) を訓練に用い、本物を意識させる練習を繰り返し行えるようになった事も、この経験が有ったからである。   (参加した犬名:ガク、ウィル、Q, K ,イッポ、シンバ、シティー)

■ 2005.11.30
 前日の昼前に現地入りし、十分に休息と場所の意識付けを行い、この日に備える。この日は「秋保大滝B群」 が追い上げの対象である。県の方や仙台市の方々、地元の猟友会そして宮城サルの調査会のメンバーと帝京科学大学研究 室生で、AM:10:00より植物園から北西に向かって追い上げを開始する。我々(RDTA)は、少し時間を置いて「伊沢 教授」の指示に従い、本隊が追い上げた左側面(南西方向)から川を越え急斜面を上に向かって、人と犬で追い上げを開 始した。しかし、あまりの急斜面とテレメの電波も弱まったため断念、出発点に戻る。増水した川を渡ることと、険し い急斜面に行く手を阻まれ「猿」の臭いを採ると言うところまでも行けず、不本意な結果に終わった。
 この日の午後「伊沢教授」が発信機を付けていない「高倉山の群れ」が居そうな場所まで案内をしてくれ、目の前に現れた 50頭程の群れを本当に良い条件で追い上げることが出来た。渓流をはさんだ向かいの斜面を「猿の群れ」がゆったりと 我々を観察しながら登ってゆくのが見えたので、正面から(S犬)のガクを犬だけで出し、左側面からハンドラーの「高嶋」 と(L犬)5頭が「猿」の行く手を阻むように登っていった。始めは遊びながら見ていた群れが、目で確認できる距離で強く 臭いを感じ取った(S犬)ガクの登る勢いと、左側面から上がってきていた(L犬)Q達の存在に気づき、声を出しながら慌て て逃げ始めた。
 その声と臭いにガクは意欲を掻き立てられ、スピードを増した。しかし、急勾配ゆえなかなか追いつけず、道を選びながら 多少声も出し始め(焦れて)追い上げてゆくが、(L犬)達は角度の急な崖に行く手を阻まれて断念!(S犬)ガクは必死で 上まで上がるも斜面や山の中での「猿」の早さには追いつけなかったようだ。頂上付近で吠える声が暫く聞こえていた。 「伊沢教授」は、犬を応援する意味と犬に追われた恐怖心を印象図けるためにロケット花火を数発打ち鳴らしていた。 (S犬)ガクと(L犬)Qはこの経験できっかけを掴み大きく変化、成長してゆく。

■ 2005.12.1-2
 この二日間、1日は「秋保A群」2日は「奥新川A群」を追い上げたが、初日の午前中と同じように役割分担を して追い上げるも、「猿」が思った方向に走らず同じところをぐるぐると回ってしまう結果となった。人馴れの進んだ、 日頃から人里近くを遊動域とする群れは簡単には行かない事がわかった。しかし、方法はあると思う。我々(RDTA)「犬」 グループは、力のある良い犬を数多く作出して行き、数人の人と犬だけでも追い上げが出来るように、研究と訓練に取り組 んで行けば、十分に脅威を感じさせられるであろう。追い上げは、うまく思った方向に「猿」が行くことも勿論だが、ここ の場所で犬に追われたという記憶を強く残す事が、遊動域を最終的に押し上げてゆけるのだ。

■ 2005.12.3
 この日は、土曜日なので市役所の方や猟友会の方々はお休みで、伊沢教授を中心とした。宮城サルの調査会、 帝科大研究室生そして私達(RDTA)「犬」グループで、「定義の群れ」の追い上げをおこなった。 少し前からこの群れの 動きを調査会の赤間氏が調査を行っていた。前日から降り積もった雪に助けられ、足跡や尿などをはっきりと確認すること ができたため「猿」が近くに居る事や、それ以外の野生動物の動きまで経験する事ができ、有意義な時間となった。
 何箇所か移動した末「猿」は、地形や経験から言って「そろそろ、この辺に出てくるはずだ」と言う伊沢教授の読み通り、川を挟 んだ対岸の遥か山の上の方に小さく見える「猿」を確認した。場所を移動し河川敷に降り伊沢教授が「先頭があそこだと、 最後尾がそろそろ来るはずだ」と言ったとたん、目の前に大きなオスの「猿」が現れこちらに向かって威嚇行為を始めた。 その「猿」を目の前にして(S犬)ガクが興奮をして吠え始め、水かさが増した川を何とか越して行こうと必死で動き回り、 一番浅そうな場所を指示すると、(S犬)ガクと共に(L犬)Q達もそこから対岸に渡り、数匹になっている「猿」の所で力 強く吠え始めた。最初は、「犬」に向かって威嚇行為を見せていた「猿」も「犬」が自分達より上に上ろうとし始めたと たん、山に駆け上がって行った。その「猿」達の後を(L犬)Qが必死で追いかけて山を駆け上がった。(S犬)ガクは、 少し上手に戻り比較的登り易そうな斜面を選び追従する。
 調査会の宇野氏が、これ以上登れないと立ち止まって居る犬達の前に、様子を見に出てきたオスの「猿」 を銃器によって打ち落とすと、必死で「猿」のところまで到達した。(S犬)ガクと(L犬)Qが自分で喰らいつき、初めて の達成感を獲る。この後(S犬)ガクと(L犬)Qの作業は見違えるように変化をしてゆく。

■ 2005.12.5
 追い上げの対象は、人馴れの進んだ奥新川A1群、この日も仙台市が中心と成ってテレメを頼りに「猿」 の居場所を確認しながら、追い上げが開始されたが、計画していたように追い上げる事が出来ず群れが二つに分かれて しまった。最終的な結果が出るまでは、その過程の一つに過ぎないが、もう少し後に繋がるような働きがしたかった。 もっと犬を効果的に使えるように、ハンドラー自身もその現場を読み取れることや、風を読み取って犬の作業を助けて やるなど研究努力の余地がある。

■ 2006.2.16
 この日は、奥新川A1群、A2群を対象に追い上げを行った。 午前中は、地形の複雑さと険しさもあって思うように行かず、歯がゆい思いをする。午後もやはり作戦が今一 つ上手く行かず、思ったところに「猿」は上がらず、川に沿って上流方向に進むが、それを、後方から追ってきていた (S犬)ガクが一旦上に上がって来たところで、「猿」の臭いに反応して崖を駆け下りて「猿」の群れに飛び込んで行き、 この場所で直接襲われた経験が無かった「猿」の群れは大パニックとなった。「犬」の働きを助ける為、銃器が使われるが 実際には当たらなかったようで、落ちたように見えた「猿」は回収できなかった。しかし、当初渡らないとされていた 冷たい冬の川を、恐怖のあまり、次から次へと悲鳴をあげながら渡ってゆく姿を確認、「猿」に対し「人」と「犬」が銃器 やその他のものによって恐怖心を与える事が出来た。
 この後2月17日18日と追い上げは行われたが、私と(S犬)ガクのハンドラー大島は2月16日を終えて 神奈川に戻ったため、「犬」は二日間にわたって活躍をしたものの、残った二人のハンドラーと(S犬)ガクの信頼関係 が薄かったため、コントロールが乱れてしまった。やはり「犬」は、ハンドラーとの良い信頼関があって初めて良い作業 をすると言う事が証明された。

 

■ 2005年・2006年2度の追い上げに参加して。

 宮城県仙台市で行われた「犬」を使っての「猿」の追い上げに参加して感じた事は。どの「犬」でも本来 持っている「自己保存欲」の中に潜在する数々の「本能」には、個体差があり、それは、我々が通常訓練している家庭犬 や救助犬でもまったく変わることは無く、一頭一頭の能力に合わせて教え、理解させ、自信に変えて行く、その結果とし て「犬」が自分で考えるようになり、頭を使った幅と厚みのある作業になるのである。 訓練そのものに大きな問題は見られない「犬」の選び出し方と、グループ構成を、少し変化させる必要があるかもしれな い。  今回は、「襲撃力」や「闘争本能」を優先にしたため「オス」ばかりのグループ構成になったが、「メス」で中心的な 「犬」が作れるともっと統率しやすくなるだろう。 「猿」に関わる部分は、その群れの遊動域の中で「恐怖や脅威」を強く経験させられた場所には「近づかない」そして 「最も怖い経験」をしたときには「犬が居た」と思わせ効果的な「追い上げ」にする。

我々RDTAは、「伊沢教授」の考えの下、地域の方達のためと、野生のニホンザルの保護に協力をしてゆきます。



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