| ◆2009.09.30 |
午後5時半頃インドネシア・スマトラ島でM7.6の地震が発生 |
| ◆2009.10.01 |
韓国サムソンのジョンチョイ氏より連絡があり、ヨーロッパより国際
救助犬連盟(IRO)が救助犬チームを派遣、アジアからの派遣の調整が行われる。RDTAから
チームリーダー・島津芳明、村瀬英博&エロス(ジャーマンシェパード)、大島かおり&あかね
(ゴールデンレトリーバー)を派遣することを決定。 |
| ◆2日 14:10 |
JAL725便でジャカルタ空港に向かう。(検疫が非常にスムー
ズ) |
| 19:45 |
(現地時間、時差2時間)空港着。インドネシアの「ツチ」のメンバー
によりチャーター便でパダン市に向かう |
| ◆3日 02:30 |
パダン市着。RDC(Reception and Departure Center)としてIN
SARAG(※)の女性2名がいた。 |
| 08:30 |
対策本部入り。INSARAGが設立したOSOCC (On-Site
Operations Coordination Center現地対策本部)にて登録を済ませ、待機。 |
| 10:20 |
対策本部を出発 |
| 10:36 |
「アマチャンホテル」着。情報ではあと8人ほど行方が判らない
とのこと現地警察の方々とエロス、あかねを投入して捜索。生体反応無し。
|
| 14:30 |
捜索内容を警察に報告後、ホテル跡地を出る。 |
| 15:00 |
対策本部にて、待機 |
| 16:00 |
「オーストラリア、イギリス救援隊のBoO(Base of Operation
s)が置かれているスタジアムに移動するが、IROチーム到着を待つため再び対策本部にて待機。 |
| 20:00 |
IROチームと合流。(オーストリア、スロベキア、スロベニア、
日本)スタジアムとは別の公園にBoOを置く。 |
| 23:30 |
チームリーダーのマルコ氏よりINSARAGの指揮決定が伝えら
れる。4日は2チームに別れ、オーストラリアの消防チームと救助活動を行う。 |
| ◆4日 00:10 |
就寝 |
| 05:30 |
起床。 |
| 06:00 |
BoOにて待機 |
| 06:40 |
出発 |
| 07:10 |
スタジアム到着。オーストラリア消防チームと合流 |
| 09:10 |
3階建ての病院に到着。救助犬11頭による捜索。生体反応なし。 |
| 10:00 |
撤収。移動 |
| 11:33 |
アパートに到着。もう1チームがすでに救助犬による捜索を行って
いたが、現地の人の情報によりアパートの居住者で行方が判らなかった人がよそで
確認されたとのこと、捜索が終了される。 |
| 12:30 |
スタジアムに戻り休憩。 |
| 13:10 |
出発 |
| 13:30 |
中学校に到着。情報では2名の生徒の行方が判らない、学校内入り
可能性があるとのこと。5頭の救助犬を表玄関から、6頭の救助犬を裏から投入する。生体反応なし。
オーストラリアのチームリーダーの判断により捜索中止。そのまま重機で建物を壊す作業が始まる。 |
| 14:41 |
移動、パダン市を車で3時間離れたパリヤカン村に土砂災害が起きているらしい
との情報で向かう。 |
| 17:10 |
村の中心地に到着。激しいスコールが始まる。2次災害を避けるため
捜索を中断しBoOに戻る。 |
| 20:30 |
BoOに到着 |
| 00:30 |
就寝 |
| ◆5日 |
INSARAGが捜索打ち切りを決定。午後4時に正式発表。 |
| ◆6日 |
パダン市よりジャカルタに飛行機で移動、22時15分発のJAL
726便で日本へ。 |
| ◆7日 07:33 |
成田着 |