2005
第11回救助犬世界大会
 (6.29-7.2)       

■ 2005年6月21日(火) ドイツ到着

 救助犬世界大会出場のために成田空港をAM9:45ごろ出発し、まずはドイツのフランクフ ルトの空港にPM2:30ごろに到着しました。ドイツではBRHのハラー氏が出迎えをしてくれました。 そして、キャンピングカーをレンタルし、運転と通訳は島津氏にお願いし、BRHのハラー氏の誘導で キャンプ場へ。 今日の夕食は自炊をしませんでしたが、明日からは当番制で自炊をすることにしました。
     キャンピングカー内     ( * BRH  ドイツ全域で活動をおこなうボランティア組織の事で、その中の救助犬チームの方々です。)

■ 2005年6月22日(水) 練習開始!

 今日の自炊当番は訓練士の大谷訓練士と村瀬理事長の二人が担当になり、AM6:00に起床し朝食を食べ、 AM9:15にライナー氏とノイさんと共に、ヨーロッパ(EU)の犬のパスポートを取得のため 健康診断と、帰国時の検疫に必要な診断書を取得するために、州の地元の獣医さんの健康診断を受けに 行きました。(犬のパスポートとはドイツからフランスへ入国するために必要なものです) その後、ハラー氏と共に先週行われたBRHの救助犬試験で使われた広域会場へ行き、 広域捜索の練習をしました。この練習では告知の練習と捜索の練習をしましたが、捜索の練習では 3人の仮想被災者が捜索犬の見ている所で一斉に隠れて捜索をさせてみたりと、思いの つかないような練習方法の指導を受けました。
 そして昼食を挟み、今度は場所を瓦礫捜索の練習 会場へ。瓦礫捜索の練習会場は、BRHフランクフルト支部が練習に使っている場所で、第2次世界 大戦時のアメリカ軍の飛行場跡です。その敷地内にある格納庫やその他の建物を利用して作られた 瓦礫捜索会場は、二組に分かれて練習が出来るくらい広くて、内容も充実している練習会場になって いました。 ハラー氏や他の方たちと一緒に練習が出来たことは、今までにないようなアイディアなどが あって、とても勉強になり楽しい一日になりました。 練習が終わった後は、一緒に練習したBRHの人達と夕飯を食べて、交流を深めることができま した。

  
     美人獣医さん                     広域捜索練習会場                   瓦礫捜索練習会場

■ 2005年6月23日(木) さらにBRHと合同練習

 今日はPM1:30にハラー氏とライナー氏とノイさんたちと、昨日とは違う場所にある瓦礫捜索 の練習会場に行きました。この練習場所は、元国鉄の収納庫だったそうです。入り口から入ってすぐ のところに建物があり、その建物を抜けると広範囲で瓦礫があり、それを通り抜けると電車の収納庫 があり、収納庫の両サイドにも捜索のできる建物がありました。
 BRHのメンバーの練習を見ていると、ハンドラーの「発進させたい」と思う方向に犬が行き、告知 がしっかりとできていました。このときに、ハラー氏が村瀬理事長に指導していたのは仮想被災者が 隠れている範囲を指定してその範囲に犬を発進させ、確実に発見をさせて犬に充実感を与えていく という方法でした。それから、教えはじめのフォックステリアを見ましたが、告知が納得いくものに なるまで、すごく丁寧に何度も繰り返して同じところに投入していました。そして、納得いく 作業が出来たときだけハンドラーがほめていました。時間をかけて丁寧に教えることで、犬も ハンドラーが何を伝えようとしているのか理解をしていくものだと実感しました。

  
     元国鉄の収納庫                     フォックステリア                   BRHのメンバーと一緒に

■ 2005年6月24日(金) シュッツの見学

 今日の午前中は特に予定もなかったので、それぞれが自由に過ごしました。夕方からライナー氏達と シュッツの練習を見に行きました。クラブハウスで練習する人達が集まり、ヘルパーが到着して から練習開始になりました。防衛をする場所は雑木林の中にコモが立っていて、パトロール作業を するのには大変そうでした。ヘルパーをやっている人は一見怖そうな人でしたが、犬への接し方がや さしく感じられました。 シュッツの見学が終わった後、キャンプ場へ戻り夕飯を食べてからライナー氏が泊まっている キャンプ場へ行き、ライナー氏とお酒を飲みながら救助犬の話などをしました。
 この時、マユとあたりとブローも同行していましたが、障害をもった子供が母親と一緒に近づいて きて、「犬を触ってもいいですか?」と訪ねてきました。「OK」したところ、その子供が一頭ずつ 触っていき、その様子を母親はちゃんと見ていて、子供が犬のテンションをあげそうな触り方をしよ うとするとそれを「そういう触り方をしてはいけないよ」と止めているようでした。小さい時 からどんな子供も、犬の接し方を親から教わっているのだと感心しました。

  
         練習風景                      練習風景                        犬談義

■ 2005年6月25日(土)・26日(日) 一路フランスへ

 今日は、BRHのクラブハウスで実演をするというので、それを見学しに行くことにしま した。見学だけのつもりでしたが、服従と広域捜索の実演を手伝って欲しいということになり、 マユで実演を見せました。ドイツに来て実演をするとは思っていなかったので、いい体験になりました。 そして、PM3:30ごろドイツを出発して休憩を取りながら24時間かけてフランスへキャンピン グカーで移動しました。その途中(リオン)で、フィーゼラー夫妻と合流することができました。 会場へ向かう前にどうせだったらと、フィーゼラー夫妻と一緒に遺跡の観光をしました。古くからの 大きな橋で、橋の下の川では犬も人も飛び込んだり泳いだりしていて、気持ちよさそうでした。
 PM4:30ごろに、会場があるフランスのグランモットスタジアム近くのキャンピング場 に到着しました。泊まる準備をした後、会場の見学をしました。その会場は芝生がきれいに手入れを されていて競技を行うには最適な場所でしたが、日陰がないのが欠点でした。フランスは日差しが 強く日が陰っていれば涼しいのですが、暑いときは45℃を越してしまうので、競技に影響が出て くるのではないかと心配です。

  
      BRHクラブハウス                     実演風景                       子供達と

■ 2005年6月27日(月) 公開練習1日目&オープニングセレモニー

 今日は午前中にチームリーダーミーティングがあり、お昼ごろに犬の健康診断をしてから公開練習 がありました。頭数が多いため2日間に分かれていて、RDTAは初日(今日)のPM3:00ごろ から公開練習を始めました。RDTAは村瀬理事長&マユのペアと大島&あたりのペアの 2ペアで、20分間でした。1つの団体で出場する頭数で時間が変わってきていて、頭数が多い 団体は最大45分間時間を与えられていました。1団体で出場できる頭数も決まっていて、 最大で8頭でした。一番多く出場頭数が多かったのはドイツでお世話になったBRHでした。 会場に行くと、村瀬理事長や大島訓練士や大谷訓練士の顔を知っているいろんなチームの人たちが、 フレンドリーに挨拶を交わしていました。そして、一緒にいた私にもフレンドリーに挨拶をして くれました。 初めて会うチームでも挨拶代わりに名刺やステッカーなどを持ってきていたりしていました。競技前 だというのにあまりピリピリした感じがなく、本当に競技を楽しんでいるような感じでした。

        オープニングセレモ二ー         公開練習が終わった後、オープニングセレモニーがモンペリエで開催されました。セレモニーは市 をあげての盛大なもので、出場するほとんどの団体が犬連れで参加していました。 会場(グランモット)からモンペリエまでは、車で30分くらいのところにあり、送迎のバス があったのですが、定員オーバーで乗れなかったので、まだ残っていたチームの人たちと一緒に 乗り合わせていくことができました。開催場所はモンペリエの中心部の広場で、中央には噴水や フランスらしい建物などがあり、フランスに来たと実感しました。

■ 2005年6月28日(火) 公開練習2日目&抽選会

    大島&あたりペア     今日は2日目の公開練習があり、私たちは夕方の抽選会まで特にすることがなかったので、 それぞれが好きなことをして過ごし、PM6:00過ぎに抽選会場に向かいました。 抽選会場は私たちが泊まっているキャンプ場から歩いて15分ほどのところにありました。 ここでは何をするにも盛大で、ホテルを借りての抽選会でした。抽選会は出場する順番をくじ引き をするだけのものですが、出場者同士の交流を深めるために開催されている感じでした。  最初は9・11の時に捜索にあたった人達への表彰があり、それから市長の挨拶があり 抽選会へと移りました。抽選会では、中央にあるスクリーンに出場する人の団体名と名前と写真が できていました。
抽選会が終わると、バイキング形式の食事があり楽しい時間を過ごしました。 抽選の結果、大会初日の瓦礫捜索の2番手が大島&あたりペアでした。

■ 2005年6月29日(水) 大会初日!

 いよいよ、大会本番です! 大会の初日から、大島&あたり号ペアの瓦礫捜索作業があり、みんなで応援と見学に行きました。 捜索会場は時間帯的に日中ほど暑くはないのですが、風があまり吹いていなかったような状態で、 捜索する範囲は外側から見ている限りでは思っていたより狭い感じがしました。 最初のアラートボックスはうまくいきました。捜索作業の方で3人ははっきりと告知をして見て いる私たちにもわかりましたが、後の2人は反応があったようですが、うまく告知ができないまま タイムアップになってしまいました。
 そして、次はスタジアムで村瀬理事長&マユ号ペアの服従が午後からありました。かなり気温が 上がっている時間帯の作業でしたが、特に大きなミスもなく終了しました。やっぱり、服従はやり こんでいるだけに、世界に通用する作業をしているなと改めて思いました。

  
     あたり号の瓦礫捜索                   マユ号服従                    キャンピングカー前で

■ 2005年6月30日(木) 大会2日目

 2日目の今日は午前中に村瀬理事長とマユ号ペアの広域捜索がありました。広域の会場はスタジアムから 車で10分ほどのところにあり、地面は砂地で高い木はなく少し高めの草があり、所々 に低めの木が生えていて、一見簡単そうな会場でした。 最初のアラートボックスは問題なく行われました。そして、捜索作業は最初の2人は見つけたらすぐ に告知をしていたようですが、3人目の時は暑かったせいか、発見してから告知するまで時間が かかったようでした。そして、4人目の時はは近くまで行ったものの、到達できずに指導手のもと へ戻ってきてしまいました。その後も捜索を続けましたが、見つけることができずにタイムアップに なってしまいましたが、講評ではマユ号の捜索への意欲の高さや持続性があったことなど高い評価を 得られていました。
 午後は大島&あたり号ペアの熟練作業がありました。最初のバレルブリッジで、あたり号が乗ったと きに板が外れて落ちてしまいました。その時の動揺のせいか、そのほかの作業もあまりうまくいき ませんでした。そのことをアルフォンス氏に話したところ、そういったハプニングが起きた時には 犬をいったん休ませてから、最初からやり直しするべきじゃないか?と言っていたようです。どん なときでも、指導手は冷静に犬の様子をうかがって判断していくことが大事だなと思いました。

  
     マユ号の広域捜索                   マユ号広域捜索                    あたり号熟練作業

■ 2005年7月1日(金) 大会3日目

 今日は村瀬理事長&マユ号ペアの熟練作業と大島&あたり号ペアの服従作業がありました。あたり号は暑 さと疲れのためか、動きがあまりよくなかったように思えました。マユ号は大きなミスもなく作業を こなしていました。 大会は2日までですが、RDTAチームは今日の作業ですべて終了しました。 村瀬理事長&マユ号ペア、大島&あたり号ペア、本当にお疲れ様でした。
 この日でフィーゼラー夫妻とも最後の夜になるというので、アルフォンス氏がパスタを作ってくれ ました。初めて作ったと言っていたのですが、すごくおいしかったです。食事が終わった頃に BRHのチームの人達も来て、アルフォンス氏のギター演奏に合わせて歌を歌っていました。 その中の一曲に「蛍の光」があったので、日本語とドイツ語で合唱をしました。とても素敵なひと時 でした。

  
     マユ号の熟練作業                   あたり号服従作業                    あたり号服従作業

■ 2005年7月2日(土) 大会最終日&クロージングセレモニー

 今日は大会の最終日です。午前中に残りのチームが作業をしていました。そのチームのなかで、捜索 作業が優れているというBRH所属のケルピーが広域に出るというので、見に行きました。 指導手の指差す方向へ一直線に走って行き、発見するなりすぐに告知をしていました。それから、 呼び寄せに犬笛を使っていたのですが、それに対して素早く戻ってきていました。捜索時の犬の 無駄な動きがなく、5人を15分くらいで見つけ出していました。こういう捜索を教えていけば、犬 に負担が少ない作業になるんだなと思いました。犬と指導手との信頼関係も必要ですが、やはり告 知をもっとこだわって教えていくことも大事だと思いました。大会の最後の日に、いい捜索作業を見ら れて本当に良かったです。
 午後は7時からクロージングセレモニーがありました。会場は競技会場より車で10分かからないく らいの所にある、グランモットのヨットハーバーでした。7時といってもかんかん照りで、ど のチームの犬たちも暑がっていました。セレモニーが終わった後は競技会場でパーティーがあり、 生バンドで歌が披露されたり、ダンサーによるサンバがあったりと大盛り上がりでした。 パーティーも終わりに近づいてきた夜の12時に私たちはグランモットを出て、フランクフルトへ 向かいました。

  
    オーストラリアン・ケルピー              ジャック・ラッセル・テリア                 クロージングセレモニー

■ 2005年7月3日(日) 再びドイツへ・・・そして帰国

 グランモットを夜の12時に出て、フランクフルトに着いたのは午後4時ごろでした。 ライナー氏がフランクフルトまで来てくれて、この日は夜遅くまでお酒を飲みな がら語り合いました。明日は帰国する日です。
 この2週間で感じたことは、やはり捜索においてBRHの人達と一緒に練習をした時に感じた、指導手がだしたい 方向に犬を行かせるためには、告知を丁寧に教えていくということでした。告知をしっかりできるよう になれば、犬に無駄な動きをさせずに捜索ができるので、より良い救助犬ができてくるだろうと思いま した。服従、熟練に関しては、村瀬理事長や大島が海外の人達に引けを取らないということを 痛感しました。

 滞在中、BRHのハラー氏、ライナー氏、J.J.氏、ノイさんには本当にお世話になりました。 この方達がいたからこそ、練習もできていい体験もできました。 フィーゼラー夫妻とフランスで過ごすことができたことも、いろいろ学ぶ事があり、楽しい体験が でき本当にいい経験になりました。本当にどうもありがとうございました。



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  最後に、こうして2週間いい経験ができたことやキャンピングカーで楽しく過ごせたのは
 島津さんが通訳と運転手をしてくれたおかげです。どうもありがとうございました。

                            【 報告:RDTA所属訓練士 松元律子 】        





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