● フランクフルトを後にフランスへ

 6月25日、いよいよフランスに向かって出発する日です。700キロ以上の距離を移動しなければ いけないので、午後早めにこちらを出発する予定を立てました。しかし「ライナーさん」が「それな らば午前中は我々に協力してくれないか」と大変素晴らしい企画に参加させてくれたのです。それは 、自分達のクラブハウスに幼稚園児を招いて、救助犬の訓練を子供たちに見せ「犬の能力と教育の 必要性」「共に生きるためのルール」など、大切な事をたくさん盛り込んで話をするのです。
日本でも時々これに似た事はやっているのですが、まさかドイツで我が愛犬「マユ」と私が行う(勝手に決 めていた)とは思っても居ませんでした。でも、これは日本人では初めての事だと思い、私達は子 供達の良い思い出になれるように、競技と同じぐらい真剣にナショナルレベルの演技を披露しました (自画自賛)。この時 前でも話したように「J・J」が子供たちの目線になり、優しく分かりやすく 話しをしていたのが印象的でした。この後、演技を終えてから子供達に触られて幸せそうにしてい る我が愛犬の姿がありました。私も「マユ」も大変よい経験が出来た事を「ライナーさん」に感謝 しています。

 この日の午前中は、もう一つ大切な事がありました。それは買い物で(女性の希望も 有り)、大きなショッピングセンターに案内してもらい、その中にあるペット用品の大型店でお店の 人が驚くほど色々なものを買いあさりました(言っておきますが これは自分達のためでは有りま せん。あくまでも日本で応援してくれている方達へのお土産用です)。国内にはない面白い品物が たくさんあって驚きましたが、買い物には感動はありませんね。
 午後3時30分いよいよフランスに向 かって出発です。お世話になった方達に大会後の再会を約束してキャンプ場を後に、フランスは「モン ペリエ」の「グランモット」に向かって走り出しました。 ヨーロッパは道路が完備されているので (アウトバーン)いつも移動にはあまり苦労をしたことがありませんでしたが、今回は大型のキャン ピングカー(見かけは大型でもエンジンは普通なので「のろい」)なので、普通免許では運転をする事 が出来ません。大型免許を持っているのは「島津さん」だけなので、元レーシングドライバーの 私や(うそです)元バスケットーボール日本代表選手の「大谷さん」(これはほんと)や、その他の人 達が代わって運転する事が出来ませんでした。そしてドイツで入手したフランスの地図がいい加 減だったため、正しい地図を購入するまで正確に進んでいるのか確認が出来なかった上に、友人 のアルフォンツ・フィーゼラー夫妻と落ち合う約束をしていた「リオン」までなかなか行き着く ことが出来ず、、大変時間がかかってしまいました。やっと出会えた時 には夜が明けてしまっていましたが、彼らは寝ないで私達を待っていてくれたのです。 しかしその後、陽が昇って来た時の朝日に映し出されたその景色の美しさは言葉にならないほどで、 夜通し走った(正確には島津さん以外は適当に寝ていました)疲れを忘れさせてくれました。
 少し休んでいたら、フィーゼラ ー婦人の「クリステェルさん」が朝食の支度をしてくれ、手作りのジャムや自宅で取れた蜂蜜などを、 焼きたてのパンにぬってカプチーノとともに美味しく頂きました。(ちなみにこのパンはさっき 「フィーゼラーさん」が自転車で買って来てくれたパンです。)そんな楽しい朝食を済ませて、いよ いよ大会会場に乗り込むのかと思っていた所「是非皆に見せたい場所がある」と言って案内されたの が、古代ローマ人の作った水道橋「ポン・デュ・ガール」でした。ガリア・ローマの都市を飾る数々 の噴水や浴場 公園などに大量の水を供給するために、全長50キロにわたる水道橋が建設され、 その中でも最も豪壮な水道橋がこの「ポン・デュ・ガール」(ガルトン川に架かる橋という意味) なのだそうです。川を流れる水は大変澄んでいて、大勢の人達が水遊びを楽しんでいました。高い岩の 上から飛び込む若者達や、犬連れの家族が皆一緒に(犬も)楽しそうに泳いでいるのです。こう いった光景はあまり見た事がないので、少しうらやましく思えました。今回の旅で思い出に残った場所 のひとつです。

 さて、いよいよ今大会が開催される「グランモット・スタジアム」に到着です、より 道や回り道をしたので、予定の700キロより遥かに長く走ったと思いますが、過ぎてみれば全て良い思 い出にきっとなるものです。
 午後4時30分を少し過ぎた所でスタジアムの近くにあるモーター キャンプ場に入り、7日間ここで過ごす準備をしました。ドイツ同様このキャンプ場もシャワールーム や炊事場、洗濯場などが完備されていて、とても過ごしやすく出来ていました。早速シャワーを浴び旅 の汚れを洗い流し、汚れ物を洗濯してさっぱりした後、会場を下見に行きました。日本 ではまず使わせてもらえないだろうと思われる、芝生のきれいなとても落ち着けそうな静かな会場でした。この素晴 らしい環境の中で競技が出来るのかと思うと、大会に向けての闘志が湧き上がってきました(がんば るぞ)。
 その後少し買い物をして帰り、食事当番の「大谷さん」と、足手まといの私「村瀬」が美味し い日本食を作り、無事に到着をしたお祝いに、ドイツで「ライナーさん」から頂いたスパークリングワイ ンをあけて「フランス」最初の夜を過ごしました。

● 2005年IRO国際救助犬世界大会

 6月27日、いよいよ今日から大会出場のための手続きや行事が始まります。午前中はチームリー ダーミーティングが有り、私と「島津さん」二人で出席をしました。試験会場の隣の消防署にある会 議室で行われたのですが、狭くて暑くて大変でした。私はこのミーティングには何度も出席をして いますが、こんなに発言をしたり内容について理解できた事はありませんでした。我が通訳兼運転手の 「島津さん」のお陰なのです。彼は、ドイツ語だけではなく英語は勿論フランス語まで分かってしまう ので、会場中で飛び交う会話全て網羅できてしまうのです。前回までは気が付かなかった細かい言葉の 「ニュアンス」から生まれる「ルール」の受け止め方の間違いや小さな疑問、そして何よりも必要なは っきりとしたこちらの「意思表示」これが今回は出来たと思います。やはり良き仲間が有っての良き活 動なのだと感激しながら会場に戻りました。
 犬体検査やマイクロチップの確認など全ての手続きを終えて会場 を歩いていると、顔なじみの出場者や関係者から「久しぶり」「元気だったか」「来てたのか」などと 声をかけてもらい、ほのぼのとした気持ちに成りました。売店やレストラン(これは仮設です)を見な がら歩いていると、以前「シュツフンド」で知り合ったデンマークの警察官「ビックジョン」(これは あだ名です 体の大きい「ジョンさん」だから)が会場にいたのにはびっくりしてしまい、向こうも 「久しぶり何でここにいるの?」といった感じで話しかけてきました。彼は6〜7年前埼玉の訓練士 「堀内さん」が良く招いて防衛ヘルパーや訓練の指導に来ていたのですが、体に似合わずとても優しい 人なつっこい性格の持ち主で、訓練に関する考え方が私と非常に近いものが有ったので彼の事は 「ビックジョン」私のことは「ミスターヨコハマ」などと呼び合って親しくしていたのです。そんな 旧友にも出会えた会場から一旦引き上げ、PM3時からの公開練習に備えるため犬を連れて、また会場 に戻りました。

 私たちの練習時間は20分間ですが、気温40度を越す炎天下では充分長く感じられま した。「熟練」「服従」のフィールドをチームメイトの「大島さん」と共有するのですが、二人だけ なので私が「服従」から始め後から「熟練」に移るといった。予定通りスムーズに公開練習を終える 事が出来ました。
 40度を越す炎天下での作業を終えて感じた事は、わが愛犬「マユ」の気力と集中力そしてそれを持 続させる事のできる能力は凄いなと想い、8歳になるまで世界のステージにチャレンジさせて挙げら れなかった自分を情けなく感じました。早すぎると無理が生じてまた問題が起ってしまいますが、 身体的なピークは5〜6歳だと思います。その時期を逃さないように努力をしなくてはいけないので す(怠け者の反省)。犬は年を重ねると共に、良い経験をさせていけば安定した作業が出来るように 成りますが、7歳を過ぎると体力的に落ちてきます。特に厳しい環境の場合「若い頃の体力であれ ばなー」と弱気になることもあります。しかし、わが愛犬「マユ」は、天性の気力と能力できっと良い 作業を見せてくれると思います。

 この日の公開練習が終わると、今度はオープニング・セレモニーの ために「モンペリエ」の中心部にある市庁舎前広場に移りました。その広場では市を挙 げての盛大なパレードや レセプションそしてパーティーがありますが、「あっ」という間にテーブ ルや飲み物食べ物などが運び込まれて、それは大変な賑わいになっていました。この大会開催に際し て「フランス」消防局が全面的に協力をしていて、競技会場からここに来るための「シャトルバス」 も地元の消防署が所有するバスを署員が運転して、私達を運んでくれたのです。 そして、バスを降りる時「8時にここに集まるように」と言われたので、時間通りに待っていたの ですが、なかなか運転手が戻ってきません。10分ぐらいして彼が帰ってきましたが「後30分飲んで から帰るから、皆も楽しんで」などと言い残し、また会場に戻って行ってしまったのです。そんな気 持ちにさせてしまうくらいパーティーが盛り上がっていたので、私達もバスが確認できるテーブル でまた飲み始めました。結局バスが出たのは1時間後でしたが、結構楽しむことが出来ました。
 今回は、何かにつけて「食べ物」や「お酒」がでて来ていつもよりパーティー気分の多い大会のように感じま した。私個人としては嫌いではないので楽しかったのですが、しかしながら「フランス人」は大騒ぎ が好きな国民なのだと認識しました。今大会の正式日程、第一日目はこのようにして終了しました。

 6月28日火曜日。公開練習2日目は、夕方の抽選会まで特別決められた予定が無いため、それぞれが 自由に過ごす事になりました。私は「フィーゼラーさん」の自転車を借りて、この町を探索してみる 事にしました。この町は出来てからまだ30年ぐらいしか経っていないため歴史的建造物や遺跡のよ うな物は有りませんが、透き通るような青い海(地中海)と映画の「ワンシーン」に出てくる「ゴー ジャス」な「ヨットハーバー」を目の当たりにする事が出来ました。大型ヨットや豪華なクルーザー が所狭しと係留されていて「アラン・ドロン」か「ジャンポール・ベルモント」(ちょっと古いかな) でも出てきそうなそんな風景でした。そしてやっぱり私の思った通り、海岸で日光浴をする人達 は、ドイツと同じように何も身に着けずに寝ている人が多かったのです(わざわざそれを見に行った わけでは有りませんので)。この海岸近くには、レストランが沢山有って店先に「生の牡蠣」なども 並べてあったので期待して地中海料理を食べたのですが、あまり美味しくありませんでした。 食べることが好きな私としては、少し残念で(それに高かったし)「もし地元の人が一緒にいればも うすこし美味しいお店で食べられたかもしれなかったのに」などと、一人でぶつぶつ言いながら自転 車での楽しい時間を過ごしキャンプ場に戻りました。
 その後オーストリアの友人「マグダレーナ」とドイツ BRHチームの公開練習が気になっていたので、皆で見に行きました。その他のチームも比較的軽めに 練習を終えて、それぞれ抽選会場に集まって来たのが午後6時を少し廻った頃でした。私達は歩い て行ったのですが、途中高速道路の入り口のような大きな道路を車に挽かれそうになりながら駆け足で 渡ったお蔭で、わずか15分で会場に着く事が出来ました。

 全てのチームが集まるのを待って抽選 会が始まり、まず最初にアメリカ9・11同時多発テロで救助隊として現地で活躍をした2人が表彰を受け、次に 市長・消防局長などの挨拶を終えてから、いよいよ抽選が始まりました。各チームリーダーと、それぞれ のペアーがスクリーンに映し出されてくじを引きます。私もチームメイトの大島さんも、無理の無い比 較的良い時間帯を引き当てました。用意されていた食事と飲み物を頂き、明日の準備のため早めに会場 を後にして、明朝行われる瓦礫捜索会場(大島・あたりペアーが3番目に出場)に夜のうちに移動する事 にしたのです。
 「モン・ペリエ」の北西にある田舎町まで一枚の地図を頼りに夜道を行ったのですが、やはりそう簡単 には行き着けませんでした。色々迷った末、やっと目的の消防署につくことができたのは、夜中の2時過ぎ でした。それから大急ぎで寝るしたくをして、明日から始まる競技の健闘を祈って用意しておいた ビールで乾杯をしました。
「さあ、いよいよ明日から本番だ、頑張るぞ」と身を引き締めて、眠りに付きました。 

                                                         つづく・・・・・2005.11.25

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