● 素晴らしい環境と練習

 昨夜は、旅の疲れと美味しいワインの手助けもあって朝までぐっすりと眠る事が出来ました。 夜の涼しさは一段と深い眠りと活力をあたえてくれるもので、心地よい目覚めを感じることが 出来ました。今日は練習二日目と言う事もあって昨日とはまた違った凄いスケールの練習場所 へ案内されました。国が所有する鉄道の操車場跡で、その中には歴史的価値のある建物 も有り、ひと回りするのにも結構時間がかかってしまう位の広さと建物の魅力を感じさせられ ました。
 ここは「ノイさん」と「ライナーさん」がガイド役になって細かく色々と説明をしな がら案内をしてくれました。コントロールタワー跡と思われる建物やオフィス跡、修理や製造 のために使われていた工場跡や宿舎の跡そして敷地のあちらこちらに積み上げられたコンクリ ート瓦礫の山、そのスケールは日本で言うと汐留にあった旧国鉄操車場跡より更に大きいく らいのところです。こういった練習場を公の機関から借り受ける事が出来るのは、会長の「ハラ ーさん」をはじめ会員の皆さんが努力しているからなのだと強く感じました。(余談ですけれど 最近は我がRDTAも秦野市などの公の機関から練習場を提供していただいています。)

 いよいよこ の場所を使って練習を始めたのですが、不思議な事に犬を間に挟むと言葉の壁が少し低くなり ドイツ語や英語の意味はわからないのっ、ですが気持ちや感覚は理解し合えるのです。通訳の 「島津さん」は欠く事のできない大事な存在で他にはない信頼を感じていますが(島津芳明さん  十年来の犬仲間でドイツ人もびっくりするほどドイツ語が上手な人で、今回の旅に通訳兼運転手 で参加をしてくれました。)、いったん練習が始まると何箇所かで同時進行になります。そんな 時いちいち彼を呼ぶわけには行かず自分たちで対処するしかないので「自分だったら?」と考える と相手の気持ちや犬の気持ちに成れて対応する事が出来ます。練習を手伝ってもらって犬は力を 付けますが、私たちは、練習の手伝いをする事でその意味や考え方を理解して自分の力にして 行きます。

 今回私は、BRHのエース「ベック」女史の犬や「ハラーさん」の犬の練習を手伝ったの ですが、特に「ベックさん」の持っている二頭の犬は凄い実力で一頭は小さいワイアーヘアーのテ リアでシェパード犬協会(SV)が主催する救助犬試験で並み居るシェパードを総なめにした実力 犬です。そして、もう一頭が今回の世界大会にBRHの代表として出場する「ボースロン」と言う 犬種で、日本ではあまり馴染みの無いワーキングドッグです。ドイツ全域の中から選ばれた犬の作業 はやはり凄かったですね、実際に捜し当てるまでの様子を目の当たりに出来たのですからそれは もう鳥肌が立つ思いでした。空気の流れに乗ったにおいをキャッチしたならその元にどんどん 近づこうと、私が隠れている暗闇に鼻から突っ込んで来るのです。鼻が犬の体を引っ張ってくると いう感じで その時の様子は私の頭の中に描写画像で残っていて まさに「感動」でした。そんな 経験が出来た時は「この凄さは自分しか分からないのだ」などと自分に酔いしれ優越感にも浸れる のです。 それぞれがプランを立て色々な練習を行い、色々な犬の捜索を見る事も出来ました。 彼らの我々には無い発想から組み立てられる練習プランが、とてもよい経験と勉強になりました。
 この後キャンプ場に戻り本日の炊事当番「松元さん」と「大島さん」の手料理と美味しいドイツ ビールを沢山飲み三日目の夜を過ごしました。キャンプ場にはシャワールームや洗濯場も完備されて いたので清潔に毎日を過ごす事が出来ました。シャワーの後日本から持っていった美味しい日本酒も また格別でした。 

● 本場のシュッツフントクラブを見て (*注・ シュッツフントとは防衛犬のこと)

 今日は、ドイツについて四日目の金曜日六月二十四日です。午前中は特に予定が無かったため キャンプ場の付近を「ライナーさん」に借りた自転車で探索して廻りました。フランクフルトの 空港に近いところですが畑や森、湖なども有りこの付近の人達の憩いの場に成っているようです。 最初は一人で見て廻ったのですが、湖では犬も泳がせる事が出来るので私も「まゆ」を連れに キャンプ場にいったん戻りました。

 湖までの道は、大きな木立が強い日差しをさえぎってくれて、 徒歩で十五分かかる道のりも心地よい爽やかな風が吹き自然を感じる事の出来る幸せな時間になり ました。愛犬「まゆ」を泳がせていて気が付いたのですがこの湖はほとんどの人が裸だったのです。 (裸って言っても素っ裸ですよ)若い男の人も女の人も、年を取った方も特に日光浴の時は何も 身に着けていないのです。後で聞いたところドイツでは珍しい事ではなく「皆が着てないのなら その方が普通じゃない」と言って「老若男女」何も身に着けず日光浴を楽しんでいるのです。 そんな驚きの「珍体験」(含みは有りませんよ)もして日中を過ごし、いよいよ夕方 シュッツ フントクラブに案内してもらう時間になり、「ライナーさん」「ノイさん」「J・J」の三人が 迎えに来てくれそれぞれの車に便乗して行くと、クラブハウスが見えてきました。そして何との その隣に来年のワールドカップで使われるスタジアムがあったのです(感激していました。松元 さん・大島さんはミーハーですから)。

 こちらのクラブは、歴史と伝統を持っていてクラブハウスの中には、トロフィーや賞状そして 時代を感じさせる写真も沢山飾ってあり先輩たちの功績を称え誇りとしているのが感じられました。 以前は広い敷地を有していたそうですが、直ぐ隣に鉄道の駅が出来(ワールドカップのため)敷地は 半分に成ってしまったと少し寂しそうに語ってくれました。  会員の方たちが集まってくるまで少し時間があったので、そんな話を聞いたり近所を探索したりして 時間を過ごしていると少しずつ人と犬が集まってきて午後六時を過ぎた頃、 このクラブのヘルパー(防衛犬の相手役兼先生)がやって来ていよいよ練習が始まりました。 見た目はワイルドでいかにも強そうな感じのする人でしたが、実際に犬と向かい合うと しなやか で繊細な動きの中に力強さがあり 犬にとっては大変分かりやすいと思えるシンプルな教え方をする ヘルパーでした。私も日本ではそんなに下手な方ではないと思っているのですが やはり 日本人に は無いパワーが作り出す優しさと言うか 余裕というか何ともうらやましく感じました。 しかし、 だからといって負けて入られませんからね、また日本に帰ったらがんばって良い犬を作らなくてはと 思えるとてもよい刺激になりました。

 あと一つ感じた事は「ドイツ」と言えば「シェパード」  「ドッグスポーツ」と言えば「シュッツフント」と思っていたのに、最近では 「シェパードは ちょっとね」「シュッツフントはアグレッシブすぎてね」などと言う人も出てきているという話を 聞いていたのですが、このクラブのそばを通り抜けてゆく人も「防衛作業」を見て目をしかめて 通り抜けていったり耳をふさいで通ってゆく人が目につきました。「ライナーさん」を除いた二人 (「ノイさん」「J・J」)も「シュッツフント」はあまり好きになれないと言っていました。  他のドッグスポーツや、救助犬の訓練に理解を示す人が増えてきていると言うのは、この辺に問題 がありそうですね、しかし私としては「犬」と言えば「シェパード」「訓練」と言えば「救助犬」 と同様に「シュッツフント」にも魅力を感じているので もっと一般の方にも理解をしてもらえる ような訓練方法と正しいシェパード犬の飼い方の指導に努力をしなくてはいけないと思いました。

   BRHの皆ともそんな話題に花を咲かせながらキャンプ場に帰ってきたのですが、クラブハウスで 済ませた食事が軽かったせいなのか 時間が早かったからなのかお腹が減ってしまったので今度は しっかりと晩御飯を頂き、勿論ビールも飲みました。その後「ライナーさん」から「食事のあとで 自分のキャンプ場に飲みに来ないか」と誘われたので、皆で出かけてゆく事になり歩いてゆくと 途中の草原を蛍が飛び交っているではないですか、湖に流れ込むきれいな小川が蛍を育てるのだ そうです。それから草原には数え切れない数の野うさぎが月明かりに照らし出されて、まるで おとぎ話のようでした。「ライナーさん」の所に付くと彼は門のところで私たちを待っていてくれ、 早速中に案内されました。明日からこの辺はお祭りで今日は前夜祭と言うことでおおいに盛り 上がっていました。キャンプ場の中に作られた架設のビアホールには、大勢の人達が集まり楽し そうに話が弾んでいます。ヨーロッパでの一番の楽しみは、こんな時も犬連れで参加できること です。我が愛犬たちは満足げに足元で寝ているだけなのですがそれは幸せそうな顔をして、彼らも ヨーロッパを満喫しているのだなと感じました。

 この時、一組の家族が私達の犬に近寄ってきて「触ってもいいですか?」と声をかけてきたの です。私は「どうぞ」と言いながら見ると男の子でした。彼は体に障害持っているようで家族の方 たちは少し心配そうに見ていたのですが、わが愛犬「まゆ」はもうすでに触ってもらうモードに 入っておりお腹を出してだらしなく「触ってコール」をしているのです。しかし紳士な彼は、 手の甲を犬の口元に持って行き決められたルールにのっとりマナー良く触ってくれるのです。 犬の先進国ドイツを感じた瞬間でした(親や社会が犬と共に生きるためのルールを子供たちに しっかりと伝えているのが分かりました)。そして愛犬「まゆ」のとった行動にも感激し、 その後のビールの味がより一層美味しく感じられ大変よい気持ちになってしまいました。 楽しい時間を過ごしたあと来たときと同じ光景を見ながら夜道を皆で楽しく帰りました。 四日目の夜が終わった事は覚えていません。

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